ビッシャー製造会社とビッシャー・バンド・インストゥルメント・カンパニー
エルクハートで最初に楽器製造を始めたのはConn(コーン)社でしたが、その独占状態は長くは続きませんでした。Conn社で働いていた熟練工の何人かが独立して自分の会社を立ち上げ、さらに業界の成長を見込んで他地域からも企業がエルクハートに進出してきたのです。
エルクハートで2番目に設立された楽器メーカーが、ガス・ビッシャーのバンド楽器会社でした。
ガス・ビッシャーの生い立ちと独立
フェルディナンド・オーガスト・ビッシャー(通称ガス・ビッシャー)は、1861年4月26日にオハイオ州で生まれました。子どもの頃、家族とともにインディアナ州ゴーシェンへ引っ越し、1875年にエルクハートへ移住。家計を助けるために仕事を探していた若きビッシャーは、Conn社の創業者コーン氏とデュポン氏の存在を知り、彼らのホルン製作会社で働き始めました。
14歳から楽器製造の世界に入り、その後62年間にわたってこの業界で活躍しました。
1890年、まだConn社で働いていたビッシャーは、自宅でバンド用のエンブレム(バッジやロゴ)を作り始めます。1893年にはConn社で職長(フォアマン)に昇進。同時に、自分の機械工場の設立を準備し始めます。そして1894年の秋にConn社を退職し、「ビッシャー製造会社(Buescher Manufacturing Company)」を設立しました。
当初は金属製品全般を扱っており、バンド楽器に限っていたわけではありません。1901年3月には、長さの異なるピストンバルブを採用した独自設計のコルネットの特許も取得しています。
会社の再編と成長
1903年、地域の産業に大きな打撃を与える銀行の破綻があり、ビッシャーの工場もその影響を受けました。このため1904年に会社は再編され、社名を「ビッシャー・バンド・インストゥルメント・カンパニー(Buescher Band Instrument Company)」に変更。このときから、製造はバンド楽器専門に絞られました。
さらに1916年には、アンドリュー・ハブル・ビアズリー(Andrew Hubble Beardsley)から多額の出資を受けて、二度目の再編を行いました。ビッシャーはその後も社長を続けましたが、1919年にはビアズリーが社長に就任し、ビッシャーは副社長兼ゼネラルマネージャーとなりました。1929年1月21日にゼネラルマネージャー職を辞任した後も、技術顧問として会社に残りました。
晩年と別会社の設立
1929年から1932年にかけては、ビッシャーは「ジョンソン・アンド・ビドル工具会社」の社長も務めました。
その後、1932年7月23日、ビッシャーはハリー・ペドラー・シニアと共に、新会社「アート・ミュージカル・インストゥルメント・カンパニー(Art Musical Instrument Company, Incorporated)」を設立。亡くなる1937年11月29日まで、この会社の社長を務めました。
ビッシャー社のその後
ビッシャー社は、金管楽器とサクソフォンのフルラインナップを取り揃えていました。
1963年にはビッシャー社はセルマー社に買収され、その後は「ビッシャー」のブランド名はほとんど使われなくなり、わずかに海外向け製品にのみ使用される程度になりました。
